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雑誌インタビュー記事 「結局、私は日本でのプレーを選んだ」
Sports Yeah! No.146 pp108-109 写真・文 シャノン・ヒギンス
来日した当時は考えられなかった。13年後の自分が現役を続け、それも日本でプレーしている。2度の五輪、そして3度の世界選手権で金メダルを獲得した。日本のソフトボールが、選手として、人間として成長させてくれた。
「本当の事言うとね、さっさと選手生活を切り上げて医者になる勉強がしたかったから、日本には(学費を稼ぐつもりで)1年しかいる予定がなかったのよ。でも、言葉を覚えたし、日本でのチームメートと仲良くなって、お互いのことを『たまたま同じチームの選手』としてではなく、『感情を持った同じ人間』として接するようになっていくうちに、抜けられなくなっちゃったんだよね。このスポーツからも、日本からも」
当時、米女子ソフトボール・ナショナルチームのエースだったミッシェル・スミス投手が豊田自動織機女子ソフトボール部の一員として来日したのは1993年のこと。「最初の数年は霧の中っていうか、忙しすぎてよく覚えていない(笑)。正直、米ナショナルチームの一員としても飛び回っていたから、日本にいたという感覚もあまりないのよ(笑)」
来日当初の記憶に残っているのは、やはり食文化の違い。牛肉が食卓に並ぶことは少なく、魚は得意ではない。そんな中でどうやって動物性タンパク質を補給するかが、最大の悩みの種だったという。「それでなくても見知らぬ食べ物ばかり。だから、他の外国人選手とご飯を食べてて、何かわからないものが出てくると『きっとなんかの根っこよ』ってみんなで笑ったものよ(笑)。だって、日本って多いでしょ、ゴボウみたいな根っこモノ(笑)」
世界選手権大会の優勝を3度経験し、オリンピックの金メダルも2つ。世界有数の投手として知られるミッシェルの日本リーグでの成績も驚異的としか言いようがない。完全試合は6試合、無安打無失点試合も12試合。勝利試合数は日本リーグ歴代1位。00年のシーズンに至っては、8勝0敗、防御率は0.00.さらにMVPは6回、最優秀投手賞8回、ベストナイン賞も8回。しかも、彼女のすごさは投手力だけではない。打点王(95年)に加え、首位打者も3回獲っている。
「これはノーラン・ライアンの言葉なんだけど、ベテランになるとオフシーズンなんて無い。9月か10月になればレギュラーシーズンは終了するんだけど、そこで休んじゃうと確実に体力は衰えるの」。ミッシェルにもオフシーズンは無い。毎年、10月から3月にかけてはプロのロードレースチームの練習に参加し、一緒に自転車で4000キロ以上を走る。当然、ウエイトトレーニングも日課の一つ。結果、39歳となった今も、筋力は20代の時より上だという。その言葉を証明するかのように、彼女の12回目の無安打無失点試合は39歳になる数週間前、今年の5月28日の対戸田中央総合病院戦で達成している。「シーズン中の数字だけを見て『スゴイね』ってよく言われるけど、この歳になると、生半可な努力じゃないわよ。あの数字を維持するのは(笑)」
彼女の熱意と実績が認められたのか、ソフトボール界が五輪種目除外で揺れる中、ミッシェルは国際ソフトボール連盟(ISF)の特使選ばれ、国際オリンピック協会(IOC)のロゲ会長の元へ「ソフトボールを五輪競技から除外する決定を再考するよう」陳情に行っている。「残念ながらIOCは政治だけで動く団体だから、聞く耳を持ってもらえなかったわ。ロゲ会長は公約で『オリンピックの参加選手数を抑える』って宣言してるから、手っ取り早い手段としてソフトボールと野球を切っただけ。野球はともかく、ソフトボールはドーピングの問題は過去に一度もないし、彼が『女性だけのスポーツだと。収益がね・・・』という割には視聴率も収益も悪くない。しかも、女性アスリートの参加にも貢献している。もちろん、間違いに気付いた人も多いけど、いきなり『間違ってました』って参加をすぐに許可したらメンツが立たないでしょ。結局、世界127カ国でプレーする女の子たちの夢が、ソフトボールを知ろうとしない政治屋たちのつまらないメンツのために奪われたのよ」
ソフトボールのオリンピックからの除外に関して、もちろん、ISFにも一片の非があるという。「攻めの姿勢が足りなかったのよ。例えばシドニー五輪後の女子世界大会はカナダの誰も知らないような田舎町で開催されているのよね。何で当時、ソフトボール人気急上昇中の日本の東京や大阪でしないの?何で競技人口が見込めるヨーロッパや中国で積極的に大会を開かないの?今さら言っても仕方ないけどね」
それでも、ソフトボールの未来、また日本のソフトボールのさらなる発展を信じていると、ミッシェルは語る。「実は、米代表がアテネ五輪に向けたチーム作りをしているときに、監督から『最大のライバル国でプレーするとは何事。日本でのプレーをとるか、代表をとるか、どっちかにしろ』って言われてね(笑)。結局私は日本を選んだんだけど、それだけ日本は強くなってるのよ」
世界有数のソフトボール強豪国となった日本を愛するが故、彼女はあえて日本のソフトボール界にも苦言を呈す。「女子バレーボールのように日本の女子ソフトボールを”人工的”でもいいから、盛り上げていく必要性があると思う。今からでも遅くない。若手の育成に力を入れるだけじゃなく、テレビとタイアップしてスター選手を作ったり、大会を若い歌手なんかに盛り上げてもらったりしてね。知恵を絞れば、できることはいっぱいある。せっかくジャパンカップも日本リーグもあるんだし、もっと上手にPRしていかないと・・・」
7歳のときにソフトボールを始めて、はや31年。ソフトボールを愛してやまないミッシェルも、いずれ選手を引退する時期が来ることは知っている。「もちろん目標は40代前半までプレーすること。でも、たとえ今年引退しても、選手としてやり残したことはもうないわ。だから、体力の衰えを自分で実感するようになったら、きっぱり引退して、裏方に回る。ただ、今は、あともうちょっと楽しみたいかな。選手としてのソフトボールを」
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